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過去と編入学と不幸と

こんばんは。実際には3/20の夕方に書いているので、夕方は「こんにちは」なのか「こんばんは」なのか論争に再びいきつくわけですが、今回は関係ありません。この記事を公開するのは3/28の夜だからです。どうして書いた日から公開まで9日間も空くのかって?それは加筆や修正をしているからです。前にもどこかに書いたと思うのですが私はとにかく何かを書いたり読んだりするのがとても遅いのです。今回は自分語り記事になってしまうのですが、私の身の上話を読んでみたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、約4600字の記事ですがどうかお付き合いください。安心してください、編入で人生が明るい方向に変わった!とかいうキラキラストーリーではなく、むしろその対極の話ですから。ええもちろん最後までですよ。不幸話好きならどうぞ。たくさん蜜を吸ってください。

 

過去(大学1年)

わたしは現在、東京学芸大学という教育学部のみの単科大学に在籍しています。もともとは心理学や教育学(教育学は教員養成課程で学ぶものとは異なる。)を学びたいと思っていたので、筑波大学人間学群を目指していましたが、ほんのちょっとしたミスで2次試験の点数を大幅に減点されてしまったのです。そんな悔しさから浪人したいと思っていたのですが、私の家の環境は私立は金銭的に無理かつ浪人はさせない、しかも仮面浪人が成功したとしても入学はさせないというものでした。(たしかにうちは裕福な家庭ではなかったし、親の給与明細もこっそり見ました。)そんな背景があって今の大学には後期で入学しました。(もちろんここで”だったら自分で金稼いでやり直せ”という指摘があるかもしれません。その通りです。しかしそのころの自分は親の金で浪人させてもらえる友人たちの姿を見せつけられて、”なんで自分だけ”と思うことしかできなかったのです。)しぶしぶ入学した大学ですから、いわゆる重度の「学歴コンプ」というものを抱えてしまいました。そして学科の行事を避けてしまったので、うまく友達を作ることができませんでした。ですから日々が本当に辛かったです。そんなことがあって1年生のころは、授業には全くいかなかったのですが、そのかわり軽音楽のサークルにはよく足を運んでいました。そのサークルは留年率が比較的高めなので今思えば入らなきゃよかったとなるわけですが、類友ってありますよね、そういうことです。(サークルの名誉の為に言えば真面目な人もいました。)また、ここで彼女もできました。大学1年の10月くらいです。すぐ関係が終わるだろうと思っていましたが、関係は2年と2ヶ月間にわたって続いていきます。ですからちょくちょく出てきますが許してください。そして年が変わって2016年、3月にサークルを辞めて大学1年が終わりました。サークルを辞めた理由は仲のいい友人が仮面浪人を成功させて退学したからです。

 

過去(大学2年)

大学受験は私にとって初の大きな挫折経験でしたので、不合格の事実を受け入れられずにずっと悩んで1年間無駄にしてしまいました。1年間無駄にしたことは、大学1年次に取得した単位数が22単位、春学期のGPAが1.47、秋学期は0.11ですからこのような数字からも納得いただけるものと思います。また、大学2年の春ごろから学歴コンプレックスのリベンジをするために公務員試験の勉強(数的処理や経済原論)をするようになります。ちょっとだけ負の感情が正の方向へ向かった瞬間でした。しかしここで少しだけ問題が発生したのです。

「経済学が楽しい!」

こんなこと思えるなんて...勉強が楽しいと思えるなんて、今までの私はあまり”勉強が楽しいという感覚”を理解できなかったので、この経験は面白かったです。しかし公務員試験の勉強ではこれ以上のレベルは必要ない。けれどもうちょっと進んだ経済学の世界が知りたい...どうにか上級の勉強ができる方法がないだろうか、大学2年生の私は5月から6月にかけて悩んでいました。編入学という制度を知ったのは大学2年の6月でした。

 

過去(大学3年)

そろそろ過去でも今の自分に近い過去を語ることになりそうですね。ところで先程の過去(大学2年)では6月以降については何も触れていないとお思いの方がいらっしゃると思います。6月以降を省いたのは特筆することがなかったからです。というのも大学に遊ぶ友達がいなかったので、勉強するか彼女と遊ぶかの2つに1つという生活を送っておりました。私は安定した、日々繰り返されるような、刺激のあまりない生活を好むので、確かに特筆するべきことはないのですが、かつては楽しく暖かい生活がありました。大学3年の春先までその生活が続きましたが、春先以降は編入学試験の時期が近づいてきたこともあり、一気に不安なことが増えました。そして精神的に不安定な生活へと変化していきました。受験生時代の私の様子を知っている方も知らない方もいると思いますが、独学勢はとにかく過去問や面接等の情報が少ないものですから、そのような不安からTwitter等を通してTOEICの噂などに一喜一憂した思い出があります。また、このころから徐々に彼女とは疎遠になっていきます。要するにふつうの大学生とは生活が異なってしまったのです。私は勉強で疲れているのに彼女は飲み会やサークルで夜まで遊んでいるのを羨ましく感じたり...どこかに一緒に行きたいと言われても私は空返事、こんなことが続きました。受験費用は私自身が稼がなきゃいけなかったので、お金のかかることは先延ばしにすることも増えました。彼女の家庭は裕福でしたので、バイトをしなくても遊べるだけのお金があって、悔しい思いも何度かしました。さらに北大受験前は彼女から風邪をうつされてしまって発熱してしまい、受験2日前から本番まで勉強時間が0という不安要素も抱えてしまいました。

 

過去(受験とその後:2017年9月ごろ)

去年の合格者は0人だったりして、絶対に受からないといわれている北大に運良く受かってしまった私は目標を見失いました。そして東北大の受験が11月の下旬に控えていたにも関わらず勉強ができなくなってしまったのです。というのも単純に北大に合格したから勉強に身が入らなかったのではなく、編入学で求められる経済学の水準には既に到達していると ”他者に” 認められたおかげで、この先のレベルに進めば今のレベルが疎かになって編入学試験に支障をきたすし、かといってかつて何度も復習してきたレベルのものを再び復習するのは、進んだ世界を見てみたいという心が許さず怠惰に感じてしまったのです。つまり2つの思いに挟まれて一歩も先へ進むことができなかったのです。ゆえに立ち尽くしたままの私は会計学を始めましたが、その2つの思いに悩み、両方手付かずになり、受験前にもかかわらず勉強時間は減り、Twitterにいる時間は増え、生活は不規則になり、新たなバイトをも始めてしまいました。スタディプラスにある9,10,11月の記録は、正直に言えば事実です。

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(図は私のスタディプラスの記録。今はカテゴリなしとなっているが、9,10,11月は会計学の記録と思っていただいて差し支えないです。9月は1日2時間しか勉強していなかったようだ。)

「勉強はしてるけど記録はしてない」という発言を繰り返していたこともありましたが、嘘をついていました。結局は北大に合格したところで、嬉しさももちろんありましたが逆に辛い思いをすることが増えてしまったのです。

 

過去(受験とその後:2017年12月ごろ)

それでも東北大は何とか1次通過し、その後周囲から面接で落とされるから練習したほうがいいというお言葉をいただきましたが、もうそのころには力尽きていました。この件については”いろいろあった”と語られることが多かったと思いますが、私の側面から語るとすれば、”友達が受けるから”といって受験して、2人が小論のほんの小さなミスで落ちてしまいもともと受験を誘った1人が他大行きを決意、その状況であなたは東北大に行きますか?ということに尽きると思います。また東北大の編入学生の実態を聞いて失望したこともあったので、東北大を辞退しました。私生活の面でも嫌なことがありました。12月の初旬、北大に通う決意と、余剰資金がなくクリスマスどこにも連れていってやれない旨の2点を彼女に伝えたところ、別れを切り出されました。余剰資金がなかったのはバイト代をほぼ全額試験費用にあてていたことによります。東北大辞退するなら初めから受験せずに彼女とのクリスマスに使っていればこのようにはならなかったのかなとか思うと、正直しんどいです。

 

こうして今に至るわけですが、編入学したら不幸になった話、満足していただけました?それでも「学歴得られてよかったじゃんw」とかお思いの方もいると思いますが、わたしに未だ学歴コンプレックスがあったとしたら、東北大を選んでいますよね。しかも別れてから冬期講習分のバイト代が入ってきて、今や逆にすこしお金が余っている状態、もう最悪です。このお金、もっとはやく手に入ったらよかったのに。

 

それでも私自身の編入学受験に意味を見出してみましょうか。私は今回の受験を通して「じっくり考える」力が身についたと思っています。勉強していて納得できないところがあると、そのページで一度止まって納得いくまでずーーーっと考え続けていました。時には17時くらいに納得いかない部分にあたって、図書館の閉館時間である21時半まで考え続け、それでもまだ納得いかないと自転車に乗りながら考えたりすることもありました。こんなにずっと「なぜ?なんで?どうして?」と考える機会はなかったと思います。わたしは高校時代勉強に意味を見出せず、就職するための手段として捉えていたので、大学受験時にはこの力は身につけられませんでした。ですが今ではこの能力すら身についてよかったのかどうか疑問に感じているのです。たしかに研究をしていく上では非常に大事な力だとは思っています。しかし私は大学院は金銭面から断念しているため、現在は行政職の公務員になりたいと思っています。公務員試験は”効率”が問われる試験ですから、この能力も全く無意味なわけです。学問の中身を理解せずに暗記したことを書き写せば勝ちという試験なものですから、わたしのように立ち止まってしまうのは、公務員試験の勉強(=暗記)が進まず、かえって不利なのです。ですから得られたものはあるけれど、今後役に立つかと言われれば、全く肯定できないのです。

 

東京を離れるのでいろいろ区切りをつけたくて洗いざらい全てを書きました。このような背景があるものですから、私はあまり編入先への期待を膨らませないようにしています。たしかに人生を変える切符を手にして新たな生活を期待している編入生も多いと思いますが、私のような編入生もいることは心に留めておいていただけると、この記事が役立つのかなと思います。何が言いたいかといいますと、「編入すれば人生や生活が幸せになるとは限らないけれど、学問の面白さに気づけば編入先でする勉強だけは楽しい」ということです。

 

さよなら無意味な過去。散れ何もかも。